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コメント
どもです。
毎回思いますが付け汁側の細切豚チャーが邪魔ですね。
面をしっかり浸けるタイプなのでいつも気になったます。
ラーするガッチャマン(通院中) | 2025年12月1日 10:12おはようございます!
丸長系、相変わらず人気高いですよね♪
雨垂 伊砂 | 2025年12月1日 10:18ヒジュが違うと思ったらチャーシューメンマでしたか。
荻窪丸長インスパ去年、今年とそれなりに増えましたけど何だかんだここがやはり美味いですよね
その気はないけど、とうしてもこちらを基準にして比較してしまう、、、
スージーのなのなQ | 2025年12月1日 17:21
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土曜日の秋晴れ!正午の吉祥寺!自分の中の「でき心」がうずく!
雲ひとつない高い空、陽射しはやわらかく、吹き抜ける風だけが季節の移ろいをそっと耳元でささやいてくるような昼下がり。「こんな日に、家でじっとしているのはもったいないな」と、半ば反射的に最寄り駅へ向かっています。気がつけば、電車に乗り込み、行き先は自然と「吉祥寺」に決まっていたのです。
「そうだ、今日は“あそこ”に行こう。」そう心に決めた瞬間から、私の足取りは明らかに軽くなりました。アーケードの喧騒を抜け、ふと横道へ逸れ、さらに一本細い路地を抜けてガード下の道を進んでゆく。街の音が少しずつ遠ざかり、小さな飲食店が肩を寄せ合うように並ぶエリアに差し掛かると、その一角に、控えめながらも確かな存在感を放つ大きな提灯が見えてきました。・・・「中華つけ蕎麦 でき心」。
<サッポロ赤星> 吉祥寺の午後、裏路地的ガード下つけそば劇場の幕を開ける琥珀色の一杯!
吉祥寺の街は、今日も人で溢れていました。サンロードの喧騒を抜け、ふと横道へ逸れると、空気の温度がひとつ下がるような静かな路地裏。その奥で灯る、小さな行灯のようなお店が「中華つけ蕎麦 でき心」です。
カウンターに腰を下ろすと、まずはいつもの儀式。「サッポロラガー赤星」を一本、お願いしました。薄く曇った中瓶が運ばれてきた瞬間、今日の探訪が「当たり」であることを、すでに直感してしまいます。グラスに注げば、きめ細かな泡がふわりと立ち上がり、黄金色の液体の向こうに、これから対峙するつけそばの姿がぼんやりと見えてくるようです。
ひと口含めば、骨太な苦味と麦芽の甘みが、疲れた舌をやさしく目覚めさせます。ここから先は、麺とつけダレにすべてを委ねるだけ。赤星で喉を潤しながら、券売機で選んだ「チャーシューメンマつけそば」がやってくるのを、ゆっくりと待つ時間さえ、ごちそうの一部に感じられました。
<全体> 丼と皿に広がる甘酸っぱい記憶を呼び起こす「丸長系」ノスタルジーの風景!
やがてカウンター越しに「お待たせしました」と声がかかり、トレーが目の前に着地します。その瞬間、思わずニヤリとしてしまいました。大皿にこんもりと盛られた太麺、その片側には細切りチャーシューが小山のように積み上がり、反対側には淡い色合いのメンマが控えめに寄り添っています。
そして、その脇にすっと置かれたつけダレの器。表面には軽く油の艶が浮かび、醤油色の中に、どこか懐かしい「甘塩酸っぱい」香りが立ちのぼります。今は亡き「荻窪丸長」の記憶を、わずかな湯気が運んでくるかのようです。
いわゆる映え系の派手さはありません。しかし、麺・チャーシュー・メンマ・つけダレ、それぞれが「主役級」の存在感を持ちながら、同じ画面の中で絶妙なバランスを保っている。食べる前からすでに、「これは一杯のつけそばであり、一編の物語なのだ」と悟らされるような、そんな落ち着いた迫力のあるビジュアルでした。
<つけダレ> 甘くて塩っぱくてほのかに酸っぱい……丸長DNAを感じる中毒性のある黒い泉!
まずはつけダレだけを、レンゲでそっとひと口。舌に触れた瞬間、「あ、これはあの系譜だ……」と心の中で叫んでしまいました。ベースにはしっかりとした醤油の輪郭。そのすぐ後ろから、じんわりと広がる甘み、そして口の中をキュッと引き締める柔らかな酸味。決して派手に暴れ回る味ではありません。塩気も甘さも酸味も、それぞれが一歩引いたところで手を取り合い、最後にほんのりと香辛料の気配が立ち上がる。まるで、丸長系のつけそばを忠実に、そして丁寧に現代へと持ち込んだかのような、ノスタルジックでありながら、どこか洗練された味わいです。
<麺>多加水うねり太麺!甘酸っぱいタレを纏い踊る!噛むほどに快感が増すストロング麺!
大皿の上でうねりながら横たわる太麺は、見るからに多加水タイプ。表面はつややかで、指先でつまむと、ぷるんとした弾力が伝わってきます。ひと束を箸で持ち上げ、つけダレにくぐらせれば、太麺の谷間に黒い液体が入り込み、重力に逆らうようにまとわりついてきます。
ひと口啜ると、その存在感に驚かされます。啜り込む間に感じるのは、もちっとした弾力と、ぐっと歯を押し返すコシ。噛み締めるたびに、小麦の甘みがにじみ出てきて、つけダレの甘酸っぱさと合流し、口の中でひとつの「ソース」に仕上がっていきます。
太麺ながらも、決して重たさを感じさせないのは、酸味が後味をスッと切ってくれるからでしょう。もう一束、もう一束と箸が伸びるたびに、「この麺を食べきってしまうのが惜しい」と思わせる、危険な主役級の麺でした。
<チャーシュー> 豚ロース細切りの山!つけダレと出会うことで完成する「肉のシャワー」体験!
「チャーシューメンマつけそば」の名に恥じないのが、このチャーシューの存在感です。丼の片側を覆い尽くすのは、豚ロースを細切りにした肉の小山。薄くスライスしたものでも、ゴロゴロとした角切りでもなく、「細切り」という形状で攻めてくるところに、この一杯の個性を感じます。
そのままひとつまみ口に入れると、脂身は控えめで、赤身中心のキリッとした味わい。過度に濃くない下味がついており、単体で食べると「素朴な肉」の印象が強いのですが、これを麺と一緒につけダレに潜らせてから頬張ると、印象が一変します。
甘塩酸っぱいつけダレの衣をまとった細切りチャーシューは、麺の合間から次々と現れる“肉のシャワー”状態。噛みしめるたびに、豚ロースの旨みとつけダレのコクが混ざり合い、口の中が一瞬で満員電車になります。気づけば、麺と肉の配分など考えず、夢中で箸を動かしていました。
<メンマ> 薄味仕立てのやさしい箸休め!素材感が光る名バイプレイヤー!
チャーシューの山の反対側で、控えめに佇んでいるのがメンマです。色味も濃すぎず、見た目からして「薄味ですよ」と語りかけてくるような穏やかな表情。ひと切れ口に運ぶと、その印象は確信へと変わります。
過度な味付けは一切なく、ほんのりと醤油が香る程度。噛めばシャクシャクとした心地よい歯ざわりが続き、素材そのものの風味がふわりと広がります。甘酸っぱいつけダレや、力強い太麺、チャーシューの旨みが渦巻く中で、このメンマの存在は、まさにオアシスのようです。
一口二口と挟み込むことで、口の中がいったんリセットされ、再び麺とつけダレの世界へ飛び込んでいける。主張しすぎないのに、気づけば最後まで大事に取っておきたくなる、そんな名バイプレイヤーでした。
<スープ割> 丸長譲りの甘酸っぱさが、湯気とともに優しさへ昇華するエンディング!
麺と具材をほぼ平らげたところで、まだ丼の底には、例の“黒い泉”が残っています。ここで店員さんにスープ割りをお願いすると、ほどなくしてポットが差し出されました。そっと注ぎ入れると、つけダレの色はやや薄まり、湯気とともに香りがふわっと立ち上がります。
レンゲでひと口含むと、先ほどまでの中毒性のある甘酸っぱさが、見事に「やさしい旨み」へと変貌しています。醤油の輪郭はそのままに、酸味も甘みも角が取れ、食後の胃袋にすっと染み込んでいくようなホッとする味わい。
丸長系の記憶を呼び覚ますつけダレが、最後には“今日の自分”をいたわるスープへと姿を変える。この一連の流れこそが、「でき心」のチャーシューメンマつけそばという物語の、見事なエンディングだと感じました。
総じまして・・・「 吉祥寺の路地裏で蘇る荻窪丸長の記憶。日常とノスタルジーが交差するでき心的つけそば劇場!」
吉祥寺という街は、新しいものと古いものが複雑に折り重なった、不思議な魅力を持つ場所です。「中華つけ蕎麦 でき心」の「チャーシューメンマつけそば」は、まさにその街の空気を一杯の丼に閉じ込めたかのような存在でした。今は亡き「荻窪丸長」を思わせる甘塩酸っぱいつけダレ。その黒い泉に、うねりある多加水太麺を泳がせ、細切りのチャーシューと薄味メンマがリズムを刻む。どこか懐かしいのに、ちゃんと“今の吉祥寺”らしい洗練も感じさせる、不思議なバランス感覚の一杯です。サッポロ赤星で幕を開け、麺と具材でクライマックスを迎え、スープ割りで静かな余韻に浸る。食べ終えたころには、単に空腹が満たされた以上の、「一編の物語を読み終えた」ような満足感が残っていました。日々の喧騒に疲れた時、ふと路地裏へ逸れて、甘酸っぱい記憶のひとかけらを確かめに行く。そんな「でき心」を、またいつかこの店で起こしてしまうに違いありません。激しくオススメ!旨し!なので・・・とっとと最後に詠って、いつものように締めたいと思いいます!
ガード下
甘酸の香り
よみがえり
丸長の影
麺に揺らめく
お粗末様!ということで今日も家族に感謝しながら合掌!今日も本当にごちそうさまでした!