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「塩ラーメン」@ラーメン山岡家 テクノポリスセンター店の写真工業団地の街灯が、まるで壊れかけたメトロノームのように一定しない明滅を繰り返していた。冬の風は乾いていて、頬を薄く切るような冷たさを帯びている。退勤時間をとうに過ぎ一帯はすでに沈黙の色を深めていた。
その静けさを破るように、一軒の店だけが、異様に明るい光を放っている。赤と白の看板
――ラーメン山岡家。この界隈では、夜の灯台のような存在だ。

店に近づくにつれ、独特の匂いが鼻腔を満たし始めた。脂と骨と、どこか懐かしい獣の温もりが混じる、山岡家特有の香りだ。街の風景が霜に包まれる冬の夜には、この匂いが奇妙な安心感をもたらす。

店内には胃袋に響くような湯気が立ちこめていた。いつもの食券機から、いつもとは違う選択肢が目に留まった。
――塩ラーメン。

山岡家には重複を感じさせるメニューラインナップが有名なのはご存知の通り。
味噌ラーメンに辛味噌ラーメン、人気の特製味噌ラーメン、そして件の塩ラーメンにプレミアム塩とんこつラーメン。味噌のラインナップは使用する味噌が赤や白、辛いものなど同じ味噌でも異なる顔ぶれで理解できるが、塩ラーメンにプレミアム塩とんこつ、この重複感はただものではない。

ならば更に寄せてみることにしよう。
ある種の遊び心というか、通いなれた店だからこその冒険。追加で味玉と黒バラ海苔を添え、更には背脂変更にすることで、ある種の変貌を遂げた“ジェネリック・プレミアム塩とんこつ”。
本家・プレミアム塩とんこつの存在を知っている身からすると、興味を惹かれずにはいられなかった。

食券機のボタンを押し終え会計を済ませると隣の給水器から良く冷えた水を汲み、カウンター席の角に陣取る。隣の席では作業服姿の男が、まるで人生の節目でも迎えたかのような真剣な表情で特製味噌ラーメンと対峙していた。そんな彼の姿を横目に、改めて自分のオーダーを確認する。
「脂多め、味普通。麺の硬さは普通でよろしいですね?」
伝えたオーダーの再確認。スタッフの丁寧な所作に安心感を覚える。
「お願いします。」
短いやり取りの後、足早に厨房へ戻るスタッフに心の中でエールを送る。新しい出会いへの期待と共に。

しばらくして運ばれてきた丼は、妙に存在感があった。
湯気に揺らぐスープは、夜の湖面のように揺れ、表面に浮かぶ背脂が星のように瞬いている。塩ラーメンという言葉から連想される“軽やかさ”とは異なる。だが、その“矛盾”こそが、これから始まる物語の序章であるように思えた。

レンゲをそっと沈めると、スープは驚くほど濃密だった。塩という名の衣を纏っているのに、芯には 山岡家特有の野性味あるとんこつの鼓動が確かにある。塩の輪郭が鋭いほど、豚骨の旨味が浮き彫りになる。
一口含むと、背脂の甘味がすぐに舌に触れる。そのあとに、塩の潔さがすっと押し寄せてくる。そして最後に豚骨の厚みが、呼吸のように自然に体へ吸い込まれていく。

――これは本当に、ただの“塩ラーメン”なのだろうか?
味わうほどに、疑念が深まっていく。プレミアム塩とんこつのリッチさには及ばないのではないか。そう思っていた前提が、音を立てて崩れ始める。それは本家に寄り添う影武者でも、劣化コピーでもなく、むしろ“別の真実”を提示する存在だった。

麺を啜ると、その印象はさらに強まった。『普通』で頼んだはずの麺は、適度な弾力を残しながら、スープをしっかりと抱え込む。麺を持ち上げるたびに、背脂の透明な雫が落ちる。それが丼の表面で再び輝く様は、妙に心を惹きつける。

そして黒バラ海苔。これがまた物語の転換点を担う存在だった。スープの野性的なコクと対照的に、海苔は夜風のように静かで、冷静だ。その香りは一杯のラーメンに海の深さをもたらし、豚骨の力強さに奥行きを与える。

味玉も、侮れない。黄身は少しだけ固めで、しかし断面にはわずかにねっとりとした輝きが残っている。噛めばスープと同調するように旨味が広がり、この一杯が単なる“ラーメン”ではなく、“物語”だと告げていた。


気づけば、スープが半分ほど減っていた。レンゲを動かすたびに、無意識に溜め息が漏れる。塩ラーメンの枠をはるかに超え、豚骨ラーメンの野趣と、背脂の甘味、海苔の香りが織りなす調和。それらが一つの丼で成立していること自体が、小さな奇跡のように思えた。“奇跡”を掴むために、もう一口、また一口とレンゲが進む。

止まらない。

これはまるで、長編推理小説を読み始めてしまった夜のように、途中でやめられない魅力があった。
ふと、店員が遠くからこちらの様子を見ていた。まるで「あなたも気づいたようですね」とでも言いたげな、穏やかな眼差しだった。・・・気がする。


結局、最後の一滴まで飲み干してしまった。丼の底に映る蛍光灯が、なんだか妙にまぶしく見えた。
プレミアム塩とんこつ、あの黄金のような旨味を知る者にとって、この“ジェネリック・プレミアム塩とんこつ”は二番手であるはずだった。
だがふたを開けてみれば、この一杯は本家の影ではなく、むしろ“別ベクトルの真実”を持っていた。それは、プレミアムの重厚な説得力とは異なる。もっと荒々しく、もっと自由で、もっと“山岡家らしい”不器用な誠実さに満ちているのだ。

最後に店を出る頃には、外の空気はさらに冷たさを増していた。しかし胸の奥には、奇妙な温かさが残っていた。
それはスープの熱だけではない。謎が解けた後の、静かな余韻にも似ていた。

――また食べに来よう。
そう思わずにはいられなかった。

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