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2012年1月10日お昼に府庁で用事があり、この界隈で以前から気になっていたすき焼きラーメンなるラを提供する「ちいふ」さんを訪問。二条城前の全日空ホテル裏あたりの古い町家がならぶ一角に赤い看板のお店が見えて参ります。アルミサッシのドアにメニューが貼り付けられた古いタイプのお店です。プラスチックの黒いトレーと丼が積み上げられたカウンター席からは厨房が一望できる形式になっておりライブ感バッチリ。店主は70歳をまわっているのではないかと思われる大将と、同じ年くらいの女性がふたりで切り盛りされている。注文する前には、大将がどのラーメンでもすき焼きラーメンとして提供されている旨、生卵は1個無料であっさりの醤油ラーメンが卵によってマイルドに変化するからすき焼きラーメンなのであると由来を説明してくださる。この大将の存在がこのすき焼きラーメンには必要条件になっているわけである。いままで遭遇したことのないラであり、対処方法がわからないので本日のところはデフォのオーダーとした。先に小さい器に入った生卵が配膳され、大将の正しいすき焼きラーメンの食べ方の手ほどきをうけながら待つこと数分。その黒い水面を湛える丼が姿を現します。まずスープをいただこうとしますと、大将が「卵にはすき焼き醤油を入れたほぉがえぇ」と卵の器にすき焼き醤油を投入してくださいます。これは早く試してみろという指示と思い、麺をいきなり卵に投入していただきますと確かにすき焼きラーメン!なるほど。スープをデフォでいただきますと、かなりの薄味。だしは豚骨+鶏でしょうか?ダシが我を張らないというか、控えめな味付けです。醤油の味、風味も色の割にはかなり控えられています。デフォでいただいても十分な味付けではありますが、卵投入によって全く違ったものに変化していきます。大将がかなりの年月をかけてたどり着いた枯淡の境地といった感じでしょうか?一般的なラーメンではない、かなり特殊な部類に入る作品とも言えるラーメンです。たとえていうなら、ブラームスのピアノ音楽。とくに作品番号110番台の作品でしょうか。若い頃のブラームスは、もちろん天才作曲家で天才ピアニストといわれ、ウィーンで一時代を築いた技巧派でした。若い頃のピアノ音楽は音符が多くて「弾けるものなら弾いてみろ」といわんばかりのギラギラした作品が多いのですが、晩年のとくに病魔に侵されながら作曲されたピアノ音楽、幻想曲集op. 116なんかは音の数を極端に減らした枯淡の境地が繰り広げられる。しかし、そこに表現される音楽は孤独で、内向的かつ情熱の感じられるブラームスの味がする。味付けを控えめにすることにより、様々な外的要因による味覚の変化を個性として扱い、解釈の手段を極限まで高めている。卵を使用するという最も普遍的な味覚の変化を楽しむことによるラ食の権化。手のかかること、かくし技などを極力ひかえているところなど枯淡といわずしてなんと言わんや? 正直、みためかなりいびつなラーメンである。麺は黄色みの強い、そして縮れのある最もオーソドックスではあるが最近お目にかからなくなった麺であるが、かん水臭さはまったくなく非常に美味い麺で、スープを存分に吸収し見た目も味覚も麺とスープ双方の持ち味を十分に発揮している。そして卵を使用したときにベストなからみと推測されるのがこの麺である。ベストチョイスといえよう。チャーシューは確認したのみでは薄切りが6枚。ごくふつうのロース部分で味付けも薄い。ネギとモヤシがトッピングとして盛られている。ネギはデフォにしてはかなり多い方で、スープをレンゲで掬うとかならず1,2個はネギが入ってくる。したがって、スープの味はネギの辛みで相殺されるように設計されていると思われる。しかし、これらのフォーメーションはきわめて一般的なものであり、見た目と卵以外はまったく自然体で提供されている。まったく飾らない、気取らない。しかし芯の座った一杯でありました。大将、お元気でがんばってください。
お昼に府庁で用事があり、この界隈で以前から気になっていたすき焼きラーメンなるラを提供する「ちいふ」さんを訪問。
二条城前の全日空ホテル裏あたりの古い町家がならぶ一角に赤い看板のお店が見えて参ります。アルミサッシのドアにメニューが貼り付けられた古いタイプのお店です。プラスチックの黒いトレーと丼が積み上げられたカウンター席からは厨房が一望できる形式になっておりライブ感バッチリ。店主は70歳をまわっているのではないかと思われる大将と、同じ年くらいの女性がふたりで切り盛りされている。
注文する前には、大将がどのラーメンでもすき焼きラーメンとして提供されている旨、生卵は1個無料であっさりの醤油ラーメンが卵によってマイルドに変化するからすき焼きラーメンなのであると由来を説明してくださる。この大将の存在がこのすき焼きラーメンには必要条件になっているわけである。
いままで遭遇したことのないラであり、対処方法がわからないので本日のところはデフォのオーダーとした。先に小さい器に入った生卵が配膳され、大将の正しいすき焼きラーメンの食べ方の手ほどきをうけながら待つこと数分。その黒い水面を湛える丼が姿を現します。
まずスープをいただこうとしますと、大将が「卵にはすき焼き醤油を入れたほぉがえぇ」と卵の器にすき焼き醤油を投入してくださいます。これは早く試してみろという指示と思い、麺をいきなり卵に投入していただきますと確かにすき焼きラーメン!なるほど。スープをデフォでいただきますと、かなりの薄味。だしは豚骨+鶏でしょうか?ダシが我を張らないというか、控えめな味付けです。醤油の味、風味も色の割にはかなり控えられています。デフォでいただいても十分な味付けではありますが、卵投入によって全く違ったものに変化していきます。大将がかなりの年月をかけてたどり着いた枯淡の境地といった感じでしょうか?一般的なラーメンではない、かなり特殊な部類に入る作品とも言えるラーメンです。
たとえていうなら、ブラームスのピアノ音楽。とくに作品番号110番台の作品でしょうか。若い頃のブラームスは、もちろん天才作曲家で天才ピアニストといわれ、ウィーンで一時代を築いた技巧派でした。若い頃のピアノ音楽は音符が多くて「弾けるものなら弾いてみろ」といわんばかりのギラギラした作品が多いのですが、晩年のとくに病魔に侵されながら作曲されたピアノ音楽、幻想曲集op. 116なんかは音の数を極端に減らした枯淡の境地が繰り広げられる。しかし、そこに表現される音楽は孤独で、内向的かつ情熱の感じられるブラームスの味がする。
味付けを控えめにすることにより、様々な外的要因による味覚の変化を個性として扱い、解釈の手段を極限まで高めている。卵を使用するという最も普遍的な味覚の変化を楽しむことによるラ食の権化。手のかかること、かくし技などを極力ひかえているところなど枯淡といわずしてなんと言わんや?
正直、みためかなりいびつなラーメンである。麺は黄色みの強い、そして縮れのある最もオーソドックスではあるが最近お目にかからなくなった麺であるが、かん水臭さはまったくなく非常に美味い麺で、スープを存分に吸収し見た目も味覚も麺とスープ双方の持ち味を十分に発揮している。そして卵を使用したときにベストなからみと推測されるのがこの麺である。ベストチョイスといえよう。チャーシューは確認したのみでは薄切りが6枚。ごくふつうのロース部分で味付けも薄い。ネギとモヤシがトッピングとして盛られている。ネギはデフォにしてはかなり多い方で、スープをレンゲで掬うとかならず1,2個はネギが入ってくる。したがって、スープの味はネギの辛みで相殺されるように設計されていると思われる。しかし、これらのフォーメーションはきわめて一般的なものであり、見た目と卵以外はまったく自然体で提供されている。まったく飾らない、気取らない。しかし芯の座った一杯でありました。大将、お元気でがんばってください。