ぶるぢっちゃんのウワサの町中華さんの他のレビュー
コメント
こんばんは
蕨のお店はパットさん曰く、10年前に無くなって、甥っ子が同じ屋号でやってたのが、去年のレポにあったのだけど、さっき見たら閉店になってました。
どんどんお店が少なくなっていってるんですね。
コロナで特に。タバコも吸えなくなってきてるのも辛い所でしょう。
自作の印刷物を渡す。熱意を感じた事でしょう。
ブログも読ませていただきます。
松本編。楽しみです!
あらチャン(おにぎり兄) | 2022年11月15日 02:18研究も大詰めですね。
体調が心配です。
お大事に。
RAMENOID | 2022年11月15日 06:27おはようございます^^
萬来軒とバンメン 中華麺家まんまる 長野のオカミの話 藤ノ木さんの話
点が次第に繋がっていくのでワクワクしながら読んでいます。
ブログが楽しみです。お大事にしてくださいね。
mocopapa(S852) | 2022年11月15日 07:01おはようございます😃
まんまるさんは3度ほど伺いましたが、
まさかそんなヒストリーのルーツとは。
綾瀬にも支店?がありますよね。
そして松本へ?楽しみにしてますよ❗️
としくん | 2022年11月15日 07:41お身体大変ですね。
くれぐれもご自愛ください。
楽しく読ませていただいてます。
NORTH | 2022年11月15日 07:57どもです。
このカレーつけ麺は食いたいのでまんまるさんには
行きたいですが、凄いルーツのお店なんですね👍
麦酒に焼酎飲めるなら大丈夫です💓
でも、くれぐれも無理はせずにお願いします🙇
ラーするガッチャマン(通院中) | 2022年11月15日 08:05軽く行こうよ!!
junjun | 2022年11月15日 08:34おはようございます。まさか、寄贈鏡の文言が、お役に立てるなんて。ブログ、ますます楽しみになりました。
れいざんの話も気になりますし、長野のバンメンとの関連性も知りたいです。
いたのーじ | 2022年11月15日 08:49こんにちは。
バンメンの謎が次々と明かされていきますね~
ブログの方も楽しみです。
kamepi- | 2022年11月15日 10:14自作の萬来軒の系統図を基に社長さんとお話出来ましたか。
研究成果の賜物ですね。凄いです!
13年前の湯麺のレポも読みました。殿堂入りの絶賛ですね。
その当時は知る由もなかったであろう此方のルーツなどなど...
いろいろと面白いです♪
お大事に。それではまた。
おゆ | 2022年11月15日 12:04こんばんは~。
なんかカレー、珍しいですね。
次回は松本ですか。
なるべく体に負担掛からないようにしていただきたいですが
レビュー楽しみにしてますね。
プリティ | 2022年11月17日 00:27こんにちは。連コメすみません。三渓楼が閉店しました。あちゃ~。
いたのーじ | 2022年11月17日 17:30カレーつけ麺なら、なぎさニュータウンのアリオの中に「豚骨一燈」が入ってますので、そこでまだ食べられますぜ。フードコート店舗なのに調理が丁寧だったので、好印象です。今はどうか知らんですけどw
しかし、つけ麺は麺を楽しむメニューやけん、その麺がよう入らんとなると、本当に厳しい状況なのかなと考えさせられます。しかしまだ、チャーシューの脂身はOK、そして一時期は味がようわからんくなっていた症状からも復帰、良い点も散見されて、安心感を覚えた事もお伝えしておきます。
苦しさが想像できず、他人事になってしまいますが、前を向き続けるスタンスは普段通りとお見受けしました。
Dr.KOTO | 2022年11月17日 21:17カレーつけ麺いいですねぇ~
個人的に最後に食べたのが、とうかんやの
カレーつけ麺ですが、この手の一杯
ライスと共に食らいたいですね。
YMK | 2022年11月18日 08:29
ぶるぢっちゃんのウワサの町中華
モンきち



高血圧グリーンモンキー麺





■百年中華「バンメン」最終章其の二 謎を追って、≪六軒島萬来軒≫って何よ?
「百年中華」バンメン、いろいろ謎はあるけれど。「六軒島萬来軒」ってなんなのさ!
親子三代萬来軒・・・いまは「まんまる」■
季節の歩みは、だんだん速度を上げてきたようだ。2022年の秋も、バトンを渡す次の季節が見えたのか、なんだか急ぎ足。こういう時はホットに限る。そう、カレーだよ。
咖哩つけ麺。それがたいそう旨かった、小岩の一燈系の店が無くなってしまって、最近満足できる咖哩つけ麺にはお目にかかっていなかったけれど、此処のこれはイケル。正直、辛さはもっと強くしてね、と思うのだが、“面”で攻めてくるようなスパイシーさはなかなかである。麺はもちろんmanmaru製麺だったか、つまりは自家製。弾力がしっかりしている優れもの。量はデフォルトであれば200gを超えるのだろうが、半分程度にしてもらう。それでも食べられない。もう、外食は厳しいネ。
チャーシューは脂身がほとんどない。好みだろうが、ボク的にはちょっとアブラは欲しいよねという感じ。味玉はデフォルトで1個付いてきて、水菜の緑が美しく彩る。ボクは辛いネギトッピしているが、通常のプライスは850円。コストパフォーマンスも良好である。
久々の「まんまる」。美味しい店は、10年ぶりに食べたって、美味しいよ。ごちそうさま。
さてさて、ボクはなぜに「まんまる」にいるの? それはね、前回、萬来軒水元のレヴューの続き、というか補足を書かないとならないな。
これは 中華料理 萬来軒 (奥戸店。江戸川区西小岩)のいたのーじさんのレヴューに記載のある「萬来軒10店」が記された寄贈鏡にまつわる話から続くんだ。
https://ramendb.supleks.jp/review/1554895.html
■萬来軒グループは10店+2店の計12店
ボクが水元店で聞いたお話。そこ(寄贈鏡)に記載のあるうちの現役店2店、すなわち水元店と奥戸店(実際の所在地は江戸川区西小岩)とは、今も交流があるんだそう。さらに加えると『国府台の店も流山の店も〇〇さんと△△さんがやっているのよね。そう、同じグループなのよね』。
国府台の店とは 中華料理 萬来軒 (市川市国府台所在)
流山の店とは 萬来軒 (流山市所在)
けれど、いたのーじさんが見たという鏡には国府台と流山の店の記載はなかった。それはなぜかというと、鏡にあった店(の所在地)のうち、
小岩四丁目
上平井
は現在、該当地名が、もう、ない。
江戸川区の小岩地区は昭和41年。
葛飾区上平井地区も昭和41年。
それぞれ住居表示が実施されていて、小岩四丁目(今の西小岩や南小岩など)、上平井(今の西新小岩)はその時に消滅した地名。従い、鏡製作は昭和41年以前ということになる。
で、いたのーじさんもボクも国府台・流山の店にはお邪魔しているのだが、ボクが両店で聞き取った話では
国府台の萬来軒 昭和45年前後の創業
流山の萬来軒 昭和55年前後の創業
なので、鏡製作時には店時代が存在していない。だから、載せようが、ない。つまりは、萬来軒グループは、寄贈鏡にあった10店+2店の計12店である。
■なぜ故「六軒島系」と呼ぶか?
ボクはこの12店を「六軒島系」と呼ぶ。そもそも都内及び近郊の「萬来軒」は4系統あって、
1.1924(大正13)年、幡ヶ谷にて創業した「萬来軒」(創業者・下山氏)。1945(昭和20年、空襲にて焼失したため、二号店であった下記「2.萬来軒」が総本店となった。1955(昭和30)年に二代目が上落合にて「萬来軒」を復活させる。1970(昭和45)年、府中に移転。2018年5月、実食。辨麺はない。
2. 1933(昭和8)年、代田橋にて 萬来軒総本店 二号店開業(店主・福原氏)。のち、「萬来軒総本店」となる。系列店はいっとき40店舗まで増えた。2018年8月、ボクは訪問して実食するも翌2019年1月、廃業。ボクの実食当時、辨麺はなかった。
3. 1931(昭和6)年創業、半蔵門 萬来軒 。現在も創業地で営業中。2022年9月、訪問済。辨麺、なし。なお、最寄りの地下鉄駅通路に「間もなく創業百年」という案内板を掲示しているが、創業年次は店舗にてボクが確認している。
そして、「4.」がこの「六軒島系」で、この系統のみ「バンメン」が存在する。
「六軒島」とは江戸川区西小岩にある地名のこと。蔵前橋通りと奥戸街道が交差する三差路先一帯を言う。地名の謂れ等についてはブログで書くが、4.の萬来軒はすべて、かつて「六軒島」に存在した「萬来軒(以下「六軒島萬来軒」)から派生している。ごくごく簡潔に書くのなら
『昭和20年代から30年代にかけて六軒島萬来軒で働いていた若者たちが、そののち独立して開業した萬来軒の各店舗の主(あるじ)たちのグループ』
なのである。だから奥戸の、水元の、国府台の、流山の萬来軒はすべて六軒島萬来軒の出身ということである。ちなみに六軒島萬来軒の12店のうち、現役はこの4店に加え、柏店の計、5、である。
■六軒島萬来軒の先へ、そのまた先へ
で、だ。それとなんでこの「まんまる」が関係するのか、というと。
2017年1月、ボクは萬来軒国府台のレヴュー時に種明かしをしちゃってるんだわね。
https://ramendb.supleks.jp/review/1041182.html
そう、「六軒島萬来軒」の元は、この「まんまる」。かつての四つ木萬来軒で、創業は昭和25年。今の店主の、祖父の方が開いた。
昭和25年創業の四つ木萬来軒から、六軒島萬来軒へ。そして系列12店へ、と続くわけだ。
じゃあ、話を「まんまる」に戻そうか。
それで、だ。若い女性スタッフに『萬来軒』の系統図を記した自作の印刷物を渡し、昭和25年の四つ木萬来軒以前の話を聞こうと思ったのだが、今日は分かる人がいないので後日、ということになった。そして数日後、分かる人=社長の藤ノ木さんは、電話口でこんなことを話してくれた
『ええ、店はもともと祖父が始めたんですけどね。新潟出身でして、親戚なども連れて上京して、それで店を開いたと聞いています。僕が子どものころ、多分萬来軒のグループの集まりだと思うのですが、随分と人が集まるなあ、と感じた記憶があります。人脈は豊富だった人なんですね。(萬来軒水元店で、ボクがグループ店は縁戚経営が多かった、という話を聞いていて)そうですね、新潟の人たちだったかも知れませんね。
六軒島萬来軒のことは、なんとなく覚えていますが、場所などはちょっと分かりませんし、祖父が昭和25年以前にどこかで修業したとか、そんなことも知らないのです。親父(注・藤ノ木さんの父上)なら分かるかも知れませんので、聞いておきます』。
とても親切にご対応いただいた。お父上の件は、近々またお店に伺うのでその際にお聞かせください、と申し上げて電話を切った。言い訳がましいし、あまりもう書きたくもないのだが、その電話以来、体調が悪化して外出がままならない状況が続いている。藤ノ木社長には申し訳ないのだが、とりあえずこの段階でネット上にUPさせていただくこととする。
さあて。これではバンメンとはつながらないじゃあないか。これで終わりってか?
な訳ないんじゃん。あるんだよ、続きが。さっき「都内と近郊の萬来軒は4系統」あるって書いたよね。そこに書いたどこかの店のある方が、新潟主出身で、縁者を引き連れて・・・・
これ以上書くと、スペース食い過ぎ! とRDB運営殿より叱られそう。だから、ブログでね。だって、これから「長野系バンメン」にも繋がっていくのだから。原稿用紙200枚超になってしまったわ。
けどね、決して大袈裟ではなく、いや、大袈裟だが、近代拉麺史上、最難関の謎解きかも知れないぞ。だって、ボクが、大正末期創業の松本所在の、バンメン提供店の、オカミサンから聞いた言葉はまさかまさかの。
「うちのはバンメンはね、(スープがたっぷりの汁ありなのに)拌メン、なんですよ。ええ、『かき混ぜる』とかって意味がある、拌メンなんですよ」。
そりゃあ、勘違いでしょ! ってなりますわな・・・
次回はその松本へ。
おっとその前に。ボクはなぜだか静岡にいるの~ 空振りしたけどね。
しかしまあ。驚天動地とはこのこった!
ーーーーーー
すみませんねえ、引き伸ばして。まあ、もうすぐ終わりますからね。10月末からほとんど外出もできなくなっちゃいました。食事もほとんどダメです。摂れません。果物とか、ユンケルとか、麦酒や焼酎で栄養補給してます 笑。それとね、訪問診療、訪問看護・・・合併症で熱をしょっちゅう出すもんだから、頻回に医師やナースがやってきてね。電動ベッドは前からありますが、点滴スタンドとかが自部屋に入り込んできた(自分で買ったんだよ)のを見ると、いよいよヤバいってを実感します。まあ、それでも、こうしてブログとか書いてるから、まだ大丈夫だな。
けど、急変はいつ来てもおかしくないのよ。なんとかバンメンのブログだけはUPしたいと思っています。ゆえ、コメントのお返しはご容赦ください。全部、本当にありがたく読ませていただいています。ありがとうございます。痛いけどね、笑って読ませてもらってます。感謝。
あ。いたさん、ぬこさん、近々、メールします。