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「バン麺(1,600円)」@驪山の写真今また、常識は覆る。
 汁そば、のバンメンを喰って、言われた言葉がこれである。オカミサン、それ、勘違いではないかい?

 「うちのはね、拌麺なのよ。混ぜる、という意、のバンメン、ね」、


 まったく、時間というものはきっちりと管理していないと、勝手にどんどんと漏れて行ってしまうものだ。いや、例え両手でしっかり押さえつけて漏れがないようにしたとしても、どこからかスルリとすり抜けて、ボクの記憶から姿を消そうとする。

 管理しようとしてその程度だから、特に目標もなく、ただ1日が平穏無事に済めばいいくらいの意識であれば、記憶は時が過ぎていくそばからボクの管理下からも消えて行く。自分にとってとても大切なことならば、何か電子的なメディアに保存するなり、アナログだがメモを残すなりしないと、残ったものは後悔だけだ。

 いやいや、そもそも記憶に留まることがなかったわけだから、後悔すらせずにその日も終わる。未来永劫、ボクの記憶に戻ることはない。まして、ボクがこの世から消えたなら、あの一言は冥く深い海の底。取り戻せるはずもない。

 取り戻せない。だから、急いで記録しないといけないのだよ。

 バンメンという麺料理はそれだけで不可解なのに、この女将の一言でボクはもっと深いラビリンス。秋分過ぎだというのに30度を超えたあの日から、もう2か月も経ってしまった。随分と大昔に“若い”という枕詞を取り払われてしまったボクの脳内記憶メディアは、少しずつ劣化を始めた。プレーヤーで再生すると、ノイズが入り始め、やがて画面が揺れ始め歪む。そんな状態である。

 仕方がないじゃないか。あれから随分、バンメンのことを調べて学んで、その上で想像して創造してきたのだから、時間はかかるというものだ。[user:136166]さんはじめ、RDBレヴューワーだけでなく様々な方々にご協力もいただき、雑誌などで新たな情報もゲットし、都度修正するという作業を幾度となく繰り返してきた。それは、ボクのブログ『拉麺歴史発掘館』の、たとえば淺草來々軒だとか、旭川拉麺の発祥だとか、沖縄きしもと食堂が現役拉麺店最古参だとかのときも同じだが、分(文)量としては今回が最重量?ということもある。

 ともあれ、もはや蠱惑的とさえ呼べそうな女将のひとことはこうである。断っておく。バンメン、辨麺、拌麺の違いを知らん、という方、申し訳ないがひとまず読んでおくれ。


「うちのはね、拌麺、なのね。そうよ、混ぜるとかいう意味の、バン麺」。


 ボクにしてみれば、「は?」と疑問符を頭上に無数貼り付けたような状況がおそらく十秒程度続いたに違いない。

 写真を見ておくれ。ボクはたった今、スープがたっぷり入った汁そばを、食べた。けれど、この店のオカミさんはボクに向かってはっきりとそう言ったのである。

 「拌麺なのよ。混ぜる、という意、のバンメン、ね」、と。

 2022年長月の終わり、秋分過ぎの平日。正午をやや過ぎたころ。信州長野・松本市内の少々高級な老舗中華料理店。

 記憶が脳内メディアからすべて零れ落ちる前に書いておく。この店のこと。この店のバン麺のこと。


 ・・・2022年9月末、此処、信州長野・松本の気温は30度を超えていた。真夏のような日差しが容赦なく照り付けていて、汗が滴る。エアコンで冷えているであろう店の中に早く入りたいのだが、ボクにとっては運悪く、店内満員の盛況振りだ。数分のち、一組二人の客が店から出てきたが、「ごめんなさいね」と女性スタッフがボクに告げ、あろうことかボクの後ろに並んだ男性客二人を先に案内していった。おいおい、ボクが先に・・・と思ったが、空いたのは4人掛けのテーブル席のようで、単身客のボクを案内するのは効率が悪いということだろう。まあ、良い。目くじらを立てることでも、例によって急ぐ旅でもあるまいし。それにすぐスタッフが「暑いでしょうから中でお待ちください」と店内に招き入れてくれたから、此処は大人の対応がスマートだ。

 店の名は、驪山、という。れいざん、である。中国・陝西(せんせい)省中部には実在する同名の山(ただし、れいざん、ではなく、りざん)があり、始皇帝陵のことも驪山と呼ぶそうだが、関連があるのだろうか?

 この驪山、松本市内にかつて存在した「竹乃家」という中華料理店、広東料理店の系譜に連なる、ちょっと高級な中華料理店である。此処の店主は竹乃家の孫娘さんの御夫君で、その奥方(孫娘)、ご子息とで営んでおいでだ。創業は1977(昭和52)年というから、45年の営業歴である。竹乃家は、時代・歴史小説家であり、稀代の美食家でもある池波正太郎が愛した店と知られていたそうだが、ボクの目的は、そう、「バンメン」を食べることの、ただそれ一点。事情が許せば、この店のバン麺のことも聞こうではないかとの腹積もりで、わざわざ東京から、本稿のもう一方の課題店・上田市所在の福昇亭を前日に訪問し、此処までやって来た訳である。

 ・・・店内に案内されたあと、ボクは所在なくカウンターのレジ脇で他の客の動向を見つめていたが、間もなくカウンター席に案内される。事前の予習通り、店内はまさに喫茶店、それも昭和のころの純喫茶、たとえばガロが歌った「学生街の喫茶店」(1973年リリース)という風情である。ただし、照明が落ちれば、カンターバーにでも早変わりでもしそうではあるが。

 バン麺が届けられるまで、他の客が頼んだ品を観察する。ああ、やっぱりな、此処も昨日食べた上田の福昇亭もそうだったが、圧倒的人気なのは「焼きそば」なのである。ほとんどの客はソレが目当て。

 焼きそば、と聞けば、ソース焼きそばを思い浮かべる方も多いだろうが、それは的外れ、まったくのベツモノ。近いのは「餡かけカタヤキソバ」で、特徴的なのは錦糸卵が載っていること。そうそう、横浜は伊勢佐木町の玉泉亭の「カタヤキソバ」に似ているかな。ネットのレヴュー記事では、例えば横浜中華街の萬珍楼との相似性を指摘するものもある。この焼きそばこそが“信州のソウルフード”とも呼ばれる食べ物である。そしてこれこそが、長野にバンメンが伝わったキーアイテムでもある。いや、バンメンという命名理由さえ、この“長野のカタヤキソバ”に隠されているやも知れぬのだ。

 ボクが注文したのはバン麺であるから、食べていない焼きそばの味についてはコメントできない。2人以上で来ることができればシェアするということも考えるのだが、バンメンだけを食べに都内から長野に出向く相当なモノ好きは、まあ、いない。

 ともあれ、頂いたバン麺。見た目は横浜あたりで提供されるソレよりずっとシンプル。しかしやっぱり特徴がある。“あたま”(麺の上に載る野菜等入り餡)の上にさらに載る、錦糸卵、である。前日に伺った上田・福昇亭にしてもそうだが、長野名物焼きそばはもちろん、長野でいただく“バンメン”ならば、これは必須アイテムだ。麺も福昇亭同様、極細。焼きそばは揚げ麺だが、バン麺の麺は無論揚げていない。

 竹之家の時代は製麺機もあったそうだが、あまりにデカく、現在は製麺機ごと某製麺所に預け、驪山専用の麺を作ってもらっているという、まさに特注麺。ただボクとしては、好みの問題だろうけれど、これはあまりに細すぎる、か。スープには特筆すべきものはないけれど、言ってみれば多くの方がスッと受け入れてしまうようなテイストだ。そうそう、池波正太郎絶賛の叉焼は、やっぱりそこらの町中華とはベツモノと書いておく。

 ボクはそのバン麺を食べ終えて、ダメ元と思いつつ女性スタッフにこう尋ねた。

 「バンメン、って置いてある店は珍しいですよね? 何でバンメンって言うのでしょう?」。

 スタッフは「えっ? それは・・・分からないので・・・」と怪訝な表情を見せたかと思うと、おもむろに「オカミさん、お客さんがバン麺のことをお聞きになりたいそうですけど」と奥の厨房に向かって話しかけたのだ。

 そしてオカミさんの登場。「うちのは混ぜるとかいう意味の拌麺なの」という冒頭の発言につながったわけだ。此処のバン麺は、汁そばでありながら「拌麺」だと仰る。勘違いではなく、「拌麺」と「辨麺」の違いを知りながら、あえて「うちのバンメンは、まぜそば、のバン麺(拌麺)」と仰るのであった。

 もう一度、自分に問う。ボクが食べたのは紛うことなき汁そばの、すなわち辨麺であって、オカミが言うところの「混ぜそば=拌麺」ではない。それでもオカミはその違いを知ったうえで拌麺だと言う。さて、これは一体どういうことか? ・・・・・

 長野まで来た甲斐は十分あったのだが、これを食べてから2か月ちょっと、容赦なく自らを痛めつける自分自身の細胞の機嫌を取りながら、なんとか書き上げたブログとレヴュー。記憶媒体からすべて抜け落ちる前に間に合った、ということだ。

 バンメン。「拌麺」と書くなら、それは「和えそば、まぜそば」。都内にも提供店はある。それほど数は多くはないけれど、極レア品、というほど珍しくはない。

 バンメンを「辨麺(弁麺)」と書くなら、それは「汁そば」。スープがある、類似というよりはほぼ同一内容として提供されるのが「広東麺」であったり「五目うま煮そば」だったりする。多くは、横浜市内の山手本牧エリア所在で、開業して50年100年という店から提供される。しかし、なぜか都内や千葉の『萬来軒』数店、人形町系と呼ばれた『大勝軒系』(辨麺提供店は絶滅)、長野県の松本市内と上田市内に数店、水戸に一つ・・・国内全部合わせても今や25店程度しか提供店はなく、しかも年々減少の一途を辿る。命名理由も分からず、古い店しか提供はなく、それもひたすら減るばかり。人呼んで、拉麺界のシーラカンス。

 今回ボクは、自らの拉麺歴史発掘館というタイトルにはセンスの欠片もないブログ記事と、RDBの連動をまたまた企て、いよいよそのブログを公開するのである。

 で、公開にあたって、引っ張りに引っ張ってきたこのレビューをUPする。無論、ブログもだ。このレビューは、言ってみればネタバレ一部含む予告編というところだ(まあ、そんな大袈裟なもんではなかろうに・・・)

 さあ、面白くなってきたじゃないか。

 https://blog.goo.ne.jp/buruburuburuma/e/4fcae5e39869f80ca83a528a0be83db9

(↑400字詰め原稿用紙で200枚超あります故、読むのに時間はかかります。悪しからずご了承ください)


 そして、ボクはもう一つのレヴューの準備をします・・・

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コメント

> バンメン。「拌麺」と書くなら、それは「和えそば、まぜそば」。
>バンメンを「辨麺(弁麺)」と書くなら、それは「汁そば」。

なるほど! 今はなき横山町の大勝軒で怪訝に感じてたことが、今解消したしました
(当時のメニュー表はカタカナだったので私は違いが分からずだったのでしょう)
今更ながら、勉強になりました!

こんばんはぁ~♪
ブルさん お疲れさまでした。
しっかり読ませていただきました。
この探求心、取材力、そして構想力と文章力に感嘆しました。
池波正太郎の「むかしの味」は読みましたが基本的な知識がないので😅
気になったのは最後の章で
「なんにせよ記事によれば、権堂で店を開いた福平氏は、長野という土地柄で海鮮類が入手し辛いことから、地元産の野菜や茸をふんだんに使用した“餡掛け焼きそば”を考案、これが大変な評判を取った(筆注・この箇所の解説別途あり。下の☆☆の箇所)。その際、辛子を酢で溶いた“辛子酢”をかけて食べることも流行った、とか。」
の部分。
京都の「鳳舞楼」の勞麺(からしそば)は餡かけでからしを酢で溶いたカラシ酢を掛けたものだったんですよ。以下は鳳舞楼のレビューから
「京都に初めて中華料理店「ハマムラ」が出来たのが大正13年で初代総料理長を務め“京都中華の祖”と言われるのが高華吉氏。その後独立し、「飛雲」「第一楼」を経て「鳳舞」を開業。京都中華の特徴である“あっさり味”は高華吉氏によって生み出された新しい中華料理で京都市内を中心に広く浸透したとの事。この鳳舞の味を継ぐお店は京都に何店舗かあり、この鳳舞楼もその一つ」
何かこういう歴史をさかのぼっていくとワクワクしますね。(*^-^*)

mocopapa(S852) | 2022年12月5日 00:00

おはようございます。〉バンメンだけを食べに都内から長野に出向く相当なモノ好きは、まあ、いない。
ここにも物好きは1人居ますよ(笑) 
メッセージわざわざありがとうございました。
ブログ、スマホ画面に貼り付けたところです。
ゆっくりじっくり拝読させて頂きますね。

いたのーじ | 2022年12月5日 07:07

どもです。
わぞわぞ出向いた松本での『うちのは混ぜる拌麺なのよ』は
衝撃でしたね😱
謎は深まるばかり面白くなってきましたね(笑)

大丈夫よ、まだまだ。
きっと大丈夫!

junjun | 2022年12月5日 08:13

おはようございます😃

満を持しての大作、遂に来ましたか。
出張中でまだブログ読めてないので、
早めに時間作って熟読しますよ。
五目うま煮系なのに、混ぜる意味の拌麺
どう紐解かれてるか楽しみです😆

としくん | 2022年12月5日 08:40

ちょっと頭が混乱してきました😅

NORTH | 2022年12月5日 09:17

こんばんは。
大作読ませて頂きました。
これだけ膨大な量の情報を体系化して記録に残されるとは凄いとしか言いようがありません。
淺草來々軒、復活したら一緒に食べに行きましょう。行けますって。

kamepi- | 2022年12月5日 19:36

読み切ってからコメント書こうと思ってたんですが。
時間かけてじっくり読ませていただきます。

RAMENOID | 2022年12月6日 03:03

こんばんは。
投稿することは無くなりましたが、ぶるさんのレビューは毎回楽しみにしています♪
バンメンのブログ、熟読させて頂きます!

銀あんどプー | 2022年12月6日 20:52

blogの書き上げ、お疲れ様です。
じっくりと読ませて頂きますね。

この松本での女将さんのその一言。
?マークが沢山浮かんだ事でしょうが、
シーラカンスだけに一筋縄ではいかない様で。

モコさんからのコメも興味深いですね。

近況のコメ、お察しします。お大事に。
それではまた。

おゆ | 2022年12月7日 03:39

ぶるぢっちゃんのウワサの町中華さん。こんにちは。
ブログ拝読させていただきました。大変興味深くワクワクしながら大いに楽しめましたよ。
一番驚いたのは、ぶるさんの著しい調査能力。尊敬に値する、否、それ以上のものを感じます。

是非、「巨匠」と呼ばせてください。

本文のなかで一番印象的だったことは、横浜から長野への伝播の件ですね。「BRUTUS」と「おぉ!信州人!Vol.2」の記事。凄い説得力を感じました。

また、アメリカやイギリスの辨麺も食べに行きたいですね。そして、2023年浅草で“來々軒”が復活・辨麺レギュラーメニュー化、ぜひ高橋さんには実現して頂きたいですね。その際はご一緒しましょう。そのときは、辨麺って何ですか?という質問はやめましょう(笑)

それから、昨日UPされた「冷やしそば」の説。これは興味ありありです。お体の調子がよいときにゆっくり追記してください。Ⅱに追記されるのでしょうか?じっくり熟読させていただきます。

辨麺ブログ、本当にありがとうございました。

いたのーじ | 2022年12月9日 16:04

こんばんは
ブログ、長編楽しく拝見しました
事実はまだまだ解明難しそうですが、想像膨らまして楽しむというのが
良いですね

他の記事も何気にバイブル的に都度拝観していきます!
また次のレビューも楽しみにしてますね!!

プリティ | 2022年12月9日 23:57

こんにちは
寒い日が続きますね。
今年もワクワクしたレビューありがとうございました。
来年も宜しくお願い致します。

あらチャン(おにぎり兄) | 2022年12月31日 11:52