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「炙りチーズカレーつけ麺、麺少(850円)」@魚だしラーメン 若竹の写真本投稿は、次のお二方へのオマージュ、として。
◆ブログ(新)を含む「喜劇らーめん食べ歩き」管理者のしげっち(@zeta_shigecchi)さん
◆本サイト(RDB)のかつてのレヴュワー“町田のご隠居さん”こと「KM」さん


 カレーと、つけ麺。まあ、日本人というか、少なくともボクにとって、これは鉄板である。外しようがない。まして、この店はボクの地元であるから、何度も食べたことのある店。だから「ハズレ」がないことは承知しているから、安心して食することができる。

 安心安定的鉄板品書咖哩拉麺黄金・・・無理だよ、しげっちさん。四文字熟語を多用して文章を作るなんぞは、ボク程度の文才ではどうもならん。KMさん、格調高い文章にはやっぱりできないよ。僕には才能がない。

 ともあれ、カレーとつけ麺。地元の店。落ち着くのである。欲を言えばいろいろあるさ。つけ汁としてのカレーならば、もっと“点”でスパイシーさを強調してもいいだろうし、麺ももうちょい太く、ガシガシと喰わせるような硬いモノがいい。ボクはもう喰えないけれど、なんかこう、豚肉の塊がドンッツ! って3個くらいあったら若い人も喜ぶのではないか。

 だけれども、辛さを控えめにしたつけ汁であり、子どもでもちゃんと嚙み切れるような硬さの麺であり、若者にウケるであろう炙りチーズもしっかりオンされて、これなら「うーん、コレ苦手」と嘆く方は少ないだろうと感じる次第。

 流石である。この地に移ってこられて少なくとも16年になるだろう若竹。この界隈は二郎一強が随分と長い間続いている。新小岩の人気店の支店がいっとき、行列を形成させていたこともあったが、フランチャイズ経営を経て、今はもう、ない。浦安方面から“ベジポタ”で人気の店もやって来たが、やがてほかの店となり、現在はシャッターが下りたままになっている。若竹はそんな中でも20年近く、小岩で暖簾を掲げている。

 移って16年、と書いたが、元々は小岩駅にもっと近い、高架のすぐ脇にあった。18年ほど前だろうか、両国に移ったのだがなぜかまた小岩の、そう、今の場所に“戻って”きた。当時はまだ魚介系出汁を前面に出した店はさほど多くなかったから、看板に『魚だし ラーメン』を謳っていて、それは今も変わらぬままである。とはいえ、鮮魚系出汁の店すら流行ったほどのラーメン界である、今となっては若竹、それほど魚を意識させられるほどの出汁のスープではない、と思う。

 かつて、とか、両国に移ったのは何年前だとか、なぜそんなことを覚えているかというと、この店、ボクが16年前の5月、RDBに初めてレヴューを投稿した・・・そう、ボクは16年かかって、(RDB上は)帰ってきたわけだ。理由はこのあと書くのだが、ボクはもうRDBに投稿するのはこれが最後。つまり、最初と最後は此処、ということにした。

 これを食べたのはまだそこそこ量が食べられた11月初めのこと。土曜日の昼、照明がやや落とされた店内は、子ども連れの客もいて結構賑やかだった。もう、コロナの影響も相当薄れてきたのかな。


 近代食文化研究会様の情報提供もあって「淺草來々軒には大正末期、神田や新宿駅前など数か所に支店があった」「大正初期、横浜に辨麺が伝わった際は“冷やし”系の品であった」などなど、新たな“知られざる情報”情報を随分と見つけたものだから、最期までブログ『拉麺歴史発掘館』の(https://blog.goo.ne.jp/buruburuburuma/e/52315af8debc4ad06655b21de085b83b)の“執筆”は続けたいと思っているのだが、完成・脱稿まではうむ・・・難しいだろうか。それでも興味のある方はぜひ、時々ブログも覗いて欲しいと思う次第。まあ、更新しないままおしまい、ってこともあろうけれど。


 さて、最後にこのような投稿となったわけは。RDBの投稿を一定期間以上続けた人が、投稿を辞める際にとる行動はいくつかある。一つは「何もしない」。それにも二通りあって、まず、徐々に回数を減らしていくタイプ。いわゆる“フェードアウト”だ。もう一つは突然辞めるタイプ。ただ、どちらにしてもボクの性格上それはできない。だから、もう一つ、「辞めると宣言して投稿をストップ」する人も一定数おいでになって、ボクはそのタイプ。今回を以てボクは足掛け16年続けたRDBの投稿を辞める。もっともここ数年はかなり回数が減ってしまっているし、その原因となることをご存じの方も多かろうから、まあ驚く人はいないだろうけど。

 辞める理由はもちろん、病気だ。ボクのブログなどでも書いているが、病気=悪性腫瘍は様々な合併症を携えてボクの身体を侵食し続けてきた。外科的に取り除く、薬剤で叩くなどの標準治療のほか、いわゆる“免疫療法”の一つでもある治療も続けたが、現在の医学ではどうやらここまでのようである。しかし、2020年夏に両肺の切除手術をしてもなお、5kmほどのジョギングを続けてきたこと等でボクには思いのほか体力が残されているようだ。全身状態が良好で外出もたまにできているから、うまくいけば2~3か月の猶予はあるかも知れず、また今年も櫻を愛でることができるやも、と期待もする。が、腹腔や肝臓、胆管などに飛散した非正常細胞は一瞬たりともその不穏な動きを止めようとせず、正常な細胞軍との戦には、勝利の雄叫びを上げているようだから、最悪のところ、数週間という時間しかボクに残されていないかもしれない。最初の「がん」の手術からちょうど4年、当初よりの目標であった「なんとか“5年生存率”の向上に寄与」は、どうやらそれは到底不可能であって、残念至極の一言である。

 それでも、だ。63年あまりの人生を振り返り、トータルで見つめればボクの人生は十分に満ち足りていた。だから露ほどの悔いもなければどうしてもというやり残したこともない。2021年の日本人65歳男性の平均余命は「19.85歳」であるから、ボクは平均的に言えばあと20年は生きていてもバチはあたらないのだが、人それぞれに寿命というものがある。その寿命は、ボクは天寿、天命であると考えているので、抗うことにも限界があろう。何より自分が「幸福な人生だった」と自信をもって自分に宣言できるのだから、もはやそれで充分・・・と考えるしかあるまい。つまりは、ボクはまだ、生きたいのだ。未練たらたら、なのである。それはボクがヒトで、ヒトが生物である以上、当然すぎる願いなのであろうが。だからその瞬間が来るまで、ボクは懸命に生きていく。それが自分の人生に対する責務であろうと、人生の晩年になってようやっと気が付いた。

 RDBにも大変お世話になった。グレーになりがちな40歳代から60歳代前半にかけて、少し変わったカラーでボクの人生を彩ってくれた。旨い店、シアワセに感じさせてくれる店もあれば二度と来るもんかと捨て台詞を吐いた店もあるし、随分と失礼なことも書いた店もある。RDBで多くの方々とコメントを交わし、リアルにお会いし、酒を酌み交わしたことも2度や3度ではない。RDBを通じて知り合った方々、知り合いとなるきっかけと与えてくださったRDBと運営会社の皆様に深く感謝申し上げたい。知り合いになってくださった方々には、深い感謝の念と同時に、連食を控えてくれぐれも体調に留意され、健やかなる食生活を心がけてくださるようお願いするのみだ。

 書きたいことは尽きない。次から次へと言葉が浮かんでくる。しかしこれ以上無駄にスペースを取ってしまっては運営様に申し訳ない。

 2,660杯の丼を提供くださった2,286ものお店の方々、その感想の投稿の場を提供いただいた運営の方々、稚拙な文書をお読みくださった方々、ここで知り合いラーメンの話で盛り上がり、酒を酌み交わした方々。すべての皆様へ心から御礼申し上げますと同時に、ご多幸・ご健康・ご活躍等々を祈念いたし、ボクの最後の「愛すべきラーメンの食べた感想」を終えたい。

 足掛け16年の長きにわたり、ありがとうございました。




 今回ばかりは本当に、good-bye。

投稿(更新) | コメント (24) | このお店へのレビュー: 0件
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コメント

本当ですか。
何も言葉が見つかりません。
ただただありがとうございました。
もし、何か私に望むことがあれば、メッセージでお伝えください。
仕事がメチャきついのですが、できる限りのことはします。

RAMENOID | 2023年1月22日 18:12

こんばんは。
RDBの私のレポに初めてコメを入れてくれたのはブルさんだったと記憶しています。
その後オフ会に誘って頂いて、亀戸のなが田でお会いしましたね。確か↑の方もいらしてました。
そんなことで私もRDBにすっかり嵌りました。
逆に言えばブルさんが居なかったらここまでRDBに嵌らなかったでしょう。
本当にありがとうございました。そして、16年間お疲れ様でした。
RADは卒業しても、ブログの更新楽しみにしてますよ。
春には一緒に花見をしましょう。楽しみにしてます。

kamepi- | 2023年1月22日 19:12

こんばんはぁ~♪
みんないつか辞める時が来るものですね。
RDBでもオフ会でお酒を酌み交わしたことも
遠征でお会いしたことも良い思い出です。
ブルさんの文章が大好きでブログは時々読ませてもらっています。
春に一緒に花見したいですね。
ありがとうございました。そしてこれからもよろしくです!(^_-)-☆

mocopapa(S852) | 2023年1月22日 20:24

こんばんは😃

敬愛するぶるさんのご決断。
まあでも、それは拉麺歴史発掘館に集中する
ためですから、これからもぶるさんタッチの
論考を楽しみにしていますね。
16年間の活動に拍手を贈ります。
私も花見に連れてって〜
まだまだ思い出作りましょう。

としくん | 2023年1月22日 21:07

お疲れさまでした!

わた | 2023年1月22日 21:31

こんばんは
2020年3月に仙台から福島までご一緒させてもらったものです。ついこの間のようににも感じるし、すごく昔にも感じます。時の流れはあやふやです。ブログも楽しみにしています。

イケちゃん | 2023年1月22日 21:33

こんばんは
きっとぢっちゃんさんが居なければラーメンの歴史はあのままだったはず。
他の皆さんと違ってその頃からのお声掛けでしたが、熱い魂を感じていました。
お付き合いいただけた事を名誉に思い感謝してます。
みんなで引き継いだバトンはまた次の世代へ繋げる様に頑張ります。
ありがとうございました。

あらチャン(おにぎり兄) | 2023年1月22日 22:21

明日上げますが(カレーデータベース)
地元の町中華(平和軒)のウマニソバも錦糸卵が乗っています。
大正13年に京都で生まれた「撈麺」も横浜とつながっているんでしょうね。
https://ramendb.supleks.jp/review/1425620.html
酢と芥子の餡かけです(*^-^*)

mocopapa(S852) | 2023年1月22日 22:37

ぶるまさん。

感慨深い気持ちでいっぱいです。
ほぼ同時期に、RBDを始めて
気が付けば、16年ですか?

長いようで、あっという間でした。

junちゃんとの会食の件、
ご連絡お待ちしております<(_ _)>

YMK | 2023年1月23日 08:38

長い間お疲れ様でした。
RDBってホント不思議なサイトですよね。
ぶるさんにお会いしたのは、港南台の海居人だけですが、
文才にはほとほと感服していました。
ブログは引き続き読ませていただきます。
朝晩欠かさず、ご回復を祈っております。

NORTH | 2023年1月23日 08:49

16年間のRDB reviewer、お疲れ様でした。

いけちゃんさんと同じく、福島の、
閉店前の月美食堂等を懐かしく思い出します。

そうそう。その後直ぐに、職場が、
コロナ禍第1波に飲み込まれたことも...

ブログ、ブックしています♪

引き続き、お大事になさって下さい。

おゆ | 2023年1月23日 11:27

16年間、お疲れ様でした。
先輩レビュアーの皆様が辞められていくと寂しいですが
ブログのほう、更新を心待ちにしてますね。
櫻も是非ご一緒したいので、まだまだ病を押しのけてご回復
されるよう祈ってます。

プリティ | 2023年1月23日 12:28

こんにちは。16年間お疲れ様でした。ぶるさんとのきっかけは何と言っても「辨麺」。これまでお付き合い頂きありがとうございました。辨麺のブログ、更新頂きたいのですが、先ずはお身体回復を最優先にしてください。
新、浅草来来軒の辨麺がオープンしたら是非召し上がってください。

いたのーじ | 2023年1月23日 12:50

情熱と才能を眠らせるには、まだ少々早い気がします。
RDBである必要は一切ありません、何処かでまた、才筆を走らせ読み手の感嘆に包まれる事、切に願います。

Dr.KOTO | 2023年1月23日 15:13

どもです。
最初から最後まで読ませるレポは
ぢっちゃんさんだけでリスペクトしてました。
私も遅からずその時は来ると思ってます。
軽々しくは言えませんが、回復を祈ってます。

おはようございます。

引退しますか

私がRDBにのめり込んだきっかけの人でもありますのでとても感謝してます

16年。あっとゆー間な感じですね

私はコロナ禍で人生の大岐路に立たされてますが、こんな時こそラーメンだとまた書き始めました

ぶるまさんもフッと思い出したらRDB覗いてみて下さい

お疲れ様でした

Stag Beetle | 2023年1月24日 11:37

はじめまして。
やり取りしたことはありませんし、最後だけコメントを残すのも…と思いましたが
コメントを残させていただきます。
先輩方のおかげでRDBが続き、いま僕はそれを享受して楽しめています。
コメントこそしませんでしたが、
研究の論文ともいえるバンメンと淺草來々軒関連のレビューは時折拝読させていただいておりました。
RDBでの16年間、お疲れ様でした。そしてありがとうございます。

さぴお | 2023年1月24日 11:40

こんにちは
初めてコメントさせて頂きます。
コメントのやり取りはありませんでしたが、興味深いレビューの数々を拝読させて頂いておりました。
自分は柴又育ちなので小岩は子供の頃からの遊び場、レポのお店「若竹」さんの並びにある「ビックラーメン」へは、飲み〆で行ったのを良く覚えています。
今はぢっちゃんさんの千葉県で一番古いレビュー、「ラーメンパンケ」のある八千代台に住んでいます、もちろんこのレビューも読ませてもらいました。
職場があるのが船橋なので、時々上げられている総武線沿線のレポは特に楽しく読ませて頂きました。
先日古参レビュアーの方々とご一緒させて頂いた時も、ぢっちゃんさんの話になり、皆ぢっちゃんさんの事が大好きなんだなぁと改めて思いました。
今後もレビューは参考にさせて頂きますね、ブログの更新も楽しみにしています!
16年間お疲れ様でした<(_ _)>

がく(休養中) | 2023年1月24日 13:35

これはホントの事なのですか?
ついさっきに気がついたのですが、ただただオドロくばかりです。
塩と味噌とで競い合っていた頃から、もう10年。。
このような文章を読む事になろうとは、思いも寄らなかったですよ。
このコメント、読んでもらえるものと信じて、、、、
コチラからのシメの言葉は↓でございます。
See you later.

hima | 2023年3月15日 17:27

私はこのサイトから遠のいておりまして偶に見るのが現状です。
ふと、トップページで娘さんからのご連絡を拝見しました。
お酒を交わしたのはもう10年以上前になるでしょうか。。。
お悔み申し上げます(合掌)

ユー坊 | 2023年6月15日 08:59

ぶるまさん、お疲れさまでした。
ゆっくり休んでください。

ryuty | 2023年6月16日 18:15

色々と勉強させていただきました。生き方、物事の楽しみ方を含めて。
心よりお悔やみ申し上げます。

Dr.KOTO | 2023年6月24日 17:37

最後まで私の会社のことを心配していただき感謝してます
たくさんたくさんありがとうを言いたいです

 心よりご冥福をお祈りいたします

Stag Beetle | 2023年6月29日 16:28

私がRDBから遠のいていた間にぶるまさん、逝かれてしまったのですね。KMさんのときも後から知る始末。
船橋のオフ会でお会いしたのは震災前でしたか。あの頃の私は精神的に最悪で、楽しい会話を交わせた自信がありません。今ならもう少しマシなお酒を酌み交わすことができたものを。
私も還暦を迎えました。母より先に逝くことはできませんので、もう少し現界で悪あがきしておきますが、霊界へ行きましたらまたお相手してください。謹んでお悔やみ申し上げます。ゆっくりお休みになってください。

水戸 稲郎 | 2023年7月30日 16:49